2023年12月05日

【し~なチャン便り 第73話】もう一つの「秋田犬」物語~祝・ハチ公生誕100年

2023年11月、さまざまなメディアで「忠犬ハチ公」生誕100年が伝えられています。今回はもう一つの”秋田犬”伝説、忠犬シロの物語についてです。

ほとんどの方は「忠犬物語」といえば、「東京・渋谷駅前で亡き主人の帰りを待ち続けた秋田犬「ハチ公」を思い浮かべるでしょうね。

秋田犬発祥の地とされる大館市。実はここ地元では、もう一匹の忠犬「シロ」の伝説が数百年にわたって語り継がれているんです。

ハチが誕生した大館市二井田地区のすぐそば、「葛原(くずわら)」という地区に忠犬ハチ公よりはるか昔から伝わる忠犬「シロ」を祀る「老犬神社」があります。同地区にはマタギの「定六」と猟犬「シロ」の哀話(あいわ)が伝えられており、この「シロ」が祀られているのが老犬神社なんです。

神社の起源について、次のような言い伝えがあります。

━江戸時代、鹿角市大湯に定六というマタギが住んでおり、先祖の功によって領主から「天下御免の又鬼(マタギ)免状」(他の領内や寺社でも猟が認められる書状)を与えられていた。彼にはシロという愛犬がいて、いつも一緒に狩りに出掛けていた。

ある日。定六とシロはカモシカを追っているうちに三戸(青森県三戸郡)へと足を踏み入れてしまい、三戸城近くで発砲した罪で役人に捕らえられてしまう。身分を証明する大切な免状を家に忘れてしまった定六。役人に事情を釈明するも聞き入れてもらえずに投獄され、定六はシロに「免状を持ってきてくれ」と頼む。

シロは雪の山河を越えて数十里離れた家に駆け戻り、免状を持って三戸へ戻った。しかし、時は既に遅く、定六は処刑された後だった。

その後、所払いを受けた定六の妻とシロは秋田領である葛原地区に身を寄せたが、いつからかシロの姿が見えなくなった。

ある日、村人が近くの丘でシロの死骸を見つけた。以降、武士が馬でその場所を通ると突然馬が暴れだし、落馬して大けがをすることが繰り返された。

葛原の人々は、「定六を殺した武士に対するシロの怨念だ」と恐れて供養した。そして、定六とシロの哀話に心を打たれ、山腹に社を建ててシロの霊をまつった━秋田魁新報社『秋田犬新聞』より抜粋。

老犬神社のある葛原地区は、「旧南部領」土深井に接した旧秋田領の最東端に位置します。葛原の山腹にある神社社殿は昭和11年7月の火災で1度焼失してしまいましたが、その後、改築して現在に至っています。

「定六とシロ」の伝説は実話であるといい、物語に登場する狩猟免状などが今も残されています。神社には多くの犬の像や絵馬、写真が奉納されています。

ここ数年、再び「秋田犬ブーム」が起こっています。秋田犬の飼育熱は盛んになり遠く海外まで広がっているようです。老犬神社は「日本で唯一犬をご神体とする神社」ともされていますから、毎年旧暦4月の老犬神社の大祭には、地元の人々はじめ遠方からの参拝者で賑わいます。

2020年(令和2年)4月17日、創建400年祭が行われ、地域住民らが地元に伝わる哀話に思いをはせました。そのときに葛原自治会が祭りに合わせてシロの石像を建立。神社を守る地元の方々は「『恩を忘れない』というシロの思いを語り継いでいく。葛原地区が秋田犬の聖地として国内外に広く認知されるようになればうれしい」としています。

最近、「定六とシロ」をテーマに若い世代が新たな物語を創り出しました。大館市の舞台芸術団体「秋北舞台芸術創造事業Dance Odyssey(ダンス・オデッセイ)」(石井瑠威代表)による創作バレエ劇公演です。

地元大館市字桜町のほくしか鹿鳴(ろくめい)ホールで開かれた創作バレエ劇のタイトルは「犬吠えの森 さだろくとシロ」。老犬神社に伝わる、マタギの主人の命を救うため懸命に走り続けた、この忠犬シロの哀話が基になっています。

先ごろ開催された公演には、演奏担当も含め約80人が出演。せりふはなく、踊りとジェスチャーのみでマタギの主人と忠犬の思いを表現しました。会場には250人以上の人たちが訪れ、温かい拍手を送っていました。

「ハチ公」とは別の、新たな秋田犬物語が若い世代に確かに紡がれているんですね。

※文中に挿入した「定六とシロ」。「レオナルドai」を使って描いてみたイメージ図です。どうでしょう?結構リアルですよね※

 

 

記者プロフィール

西村 修(にしむら おさむ)

元秋田魁新報記者。秋田ケーブルテレビ記者、ALL-Aアドバイザー

男性アイコン(シニア)
記者コラム一覧に戻る
上に戻る