2021年02月15日

【し~なチャン便り第3話】1月21日 正しい~「ラジオ体操」

「新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸を開け 大空あおげ~」
(「ラジオ体操の歌」より、藤浦洸作詞・藤山一郎作曲)

はるか昔、小学生の頃の夏休みといえば、思い出すのは「ラジオ体操」です。

学校がある、普段の朝は起きるのが苦手でした。でも、なぜか夏休みって早く目覚めるんですよね。不思議でした。やっぱり子供たちには特別の高揚感があったんでしょう。「ラジオ体操」の歌がラジオから流れ始めると、昭和の少年はワクワク気分に。ああ、夏休み…ずっと続いてくれ、子供たちはそう心の中で叫んだはずです。たぶん…

             (絵・西村)

夏休みの朝、ラジオ体操を描いた私の絵日記です(1962年)。当時、小学2年生。6年生のお兄さんが前に立って掛け声をかけて体操が始まりました。お兄さん、かっこよかったです。

さて、今回のゲストは市ラジオ体操連盟理事長の高橋次男さん。公認一級ラジオ体操指導士。
「高橋ですっ、よろしく」と、すっと背筋を伸ばした挨拶、その立ち姿。まるで現役のアスリートのよう。72歳とうかがいましたが、とてもそのお歳には見えません。

プロフィールをお伺いしてまたまたびっくり。月曜コメンテーター尾形隆さん(県サッカー協会会長)の後輩、同じ秋田市河辺中学校サッカー部とのこと。尾形さん卒業後は、その跡を継いでキャプテンとしてチームをまとめた、といいます。当時、空前のサッカーブームの時代。以来、中、高校とサッカー一筋を貫いてきた高橋さん。まさに「キャプテン 翼」ですよね。

   高橋さん(左)の指導の下、「正しい」ラジオ体操を学ぶ

し~なチャンyoutube

健康そのものの高橋さんですが、かつて「もう死ぬかな、と思った」(高橋さん)ほどの出来事があったといいます。横断歩道を歩いていて自動車にはねられる、という交通事故。

「もう、だめだ」というくらいの大事故だったとか。
『奇跡的』に命を取り留めた高橋さん、リハビリを兼ねてマラソンに没頭。どんどんのめり込んで田沢湖マラソンの常連に。田沢湖マラソン 2008年のプラグラムの表紙も飾っているんです。還暦となった2000年には「あきた100キロチャレンジマラソン・ハーフ50キロ」に、ご夫婦で出場して完走した、といいます。フルマラソンより長い50キロですよ、すごいなあ~

高橋さんに「正しい」ラジオ体操を習いました。今回のキーワードは「正しい」です。正直に言って、「正しく」やるとラジオ体操ってキツイです。今までいかにラジオ体操をなめていたのか、いかに「正しくない」ラジオ体操を続けてきたのか、反省しました。

「人間の体には650種類の筋肉がある、といわれますが、ラジオ体操をフルでやると、そのうち400種類を刺激する、とされています。シニアの皆さんに最適な運動なんです」と高橋さん。ラジオ体操を行うことで、関節の柔軟性、筋肉の血行促進などの効果を得ることができ、動きを滑らかにしていく効果がある、とも話してくれました。

ここで、ラジオ体操についてちょっと豆知識。
ラジオ体操は1928(昭和3)年11月1日に昭和天皇ご即位の大礼を記念して逓信省(のちの郵政省)簡易保険局により「国民保健体操」としてスタートしました。

その後、戦争で一度は中断、しかし復活を望む国民の声にこたえる形で、新たな体操が「新ラジオ体操制定委員会」を中心に作成され、現在の形になったのは戦後の1951(昭和26)年のこと。コンセプトは「簡単、容易で誰にでもできるもの」「どこでもすぐやれるもの」「調子が良くて、気持ちのいいもの」。

ラジオ体操が戦前爆発的に普及したのは、個々の国民の健康への願い、身体や生活を規律付けるという意識に応えたためでした。健全な心は健康な体から~そんな思いから、ラジオ体操は今も日本国民に愛され続けています。

皆さんもぜひ「正しい」ラジオ体操にチャレンジを!!
いい汗、かきますよ~

シニア記者プロフィール

西村 修(にしむら おさむ)

元秋田魁新報記者。秋田ケーブルテレビ記者、ALL-Aアドバイザー

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