2021年08月11日

【し~なチャン便り 第31話】8月5日 「奇跡の魚」田沢湖に再び?

「魚がいっぱいいた、水もきれいだったよ」。

先日、家族と田沢湖に遊びに行ってきた孫が、興奮気味にそう報告してくれました。見せてもらった写真を見てびっくり。魚はウグイ、ということですが、湖にこんなに群棲しているんですね。田沢湖は「魚の棲めない酸性湖」と思い込んでいただけに、この光景には驚きました。

あれっ、写真左上にウグイとは違う色合いの魚。なんだか黒っぽいなあ。まさか、クニマスでは…いや、そんなことはないか。

クニマスは、私たち秋田県民にとって、ハタハタと同じくらい思い入れの深い魚です。サケ科サケ属の魚で、黒っぽい色が特徴。かつては「クロマス」と呼ばれていたものが、いつの間にか「クニマス」になったともいわれています。

秋田県の田沢湖固有種です。田沢湖では1940年、日中戦争の時代、国策として農業用水の確保や電力開発を目的に、強酸性の玉川の水を引き入れたため生息環境が悪化、クニマスはじめ、すべての生物が絶滅したとされていました。

ところが70年後の2010年に山梨県の西湖(さいこ)で生息しているクニマスが発見され、以来、「奇跡の魚(うお)」と呼ばれています。1930年代、田沢湖から山梨県、長野県などに「発眼卵を移送した」という記録があり、この卵がふ化し、棲みついたというんです。

「クニマスを秋田に里帰りさせたい」、そんな壮大なプロジェクトが始まりました。2017年7月、田沢湖ほとりに「田沢湖クニマス未来館」を建設。同館では、西湖から移送されたクニマスが飼育・展示されています。山梨県から貸与された大切なクニマスです。

今回のゲストは、(タイミングよく)田沢湖クニマス未来館の初代館長、現在は同館アドバイザーの大竹敦さん(65)。

田沢湖の水はきれいになっているようです。ウグイがあれだけ元気に暮らしているのなら、もしかしたら…クニマスも湖底にひっそりと生きているのでは…。

「残念ながら」と大竹さん。「まだ酸性化は改善されたとは言えません。水はきれいに見えますが、表面と深湖底の㏗(水素イオン指数。酸性度の目安)値もほとんど変わらず酸性のまま。中性には遠い数値で、基本的に魚が棲める環境ではありません。ただウグイだけはエラの形が特別で、酸性の水でも生きていける魚なんですよ」

田沢湖クニマス未来館は、クニマスが生息できなくなった湖に代わる「一時帰還先」です。山梨県から貸与されたクニマスが泳ぐ水槽や、田沢湖でかつてクニマス漁に使われた丸木舟などを展示。かつての湖畔での暮らしぶりや、クニマス絶滅の経緯や山梨県西湖での再発見の経緯なども掲示物や映像などで紹介しています。

━奇跡の魚クニマス。その飼育って、気を遣うでしょうね。

「深いところにすむ魚ですから、人に慣れておらず光や振動に敏感。とてもデリケートな魚です」と大竹さん。「毎朝、飼育水槽がある部屋の電気をつけるときは怖かった。ぱっと明るくなったときに、水槽の水面に『白いもの』、お腹を上にしたクニマスが浮いていたりすると、本当に落ち込みました。大切な魚を預かっているわけですから。でも毎日、クニマスに接しているうちに分かってきたこともたくさんあります。今では生育が進んだ成熟魚も数匹。元気に育ってほしいと思います」

田沢湖では江戸時代からクニマス漁が盛んでした。「魚1匹米1升」と形容されるほど高価で、主に贈答用として出産祝いなど特別な日に食べられ、地元漁師には貴重な収入源だった、といいます。しかし、前述のとおり、戦時下の1940年代、田沢湖のクニマス漁は終わりを告げます。

田沢湖そばを流れる玉川。この川は玉川温泉の強酸性水が流れ、その水は『玉川毒水』と呼ばれていました。国は、玉川を水力発電に利用すること、同時に玉川毒水を田沢湖水に交ぜて希釈することを考えます。事業は着手され、発電所建設のため、玉川毒水が田沢湖に引き込まれた結果、湖内のほとんどの生物が失われました。

田沢湖を取り巻く状況は当時も今も大きくは変わりません。水力発電、農業用水のために田沢湖は使われています。もちろん、私たちの暮らしには必要なものです。その一方で絶滅したクニマス…「クニマスの里帰り」のためには田沢湖の中性化、つまり「再生」が不可欠。大変なプロジェクトです。

━田沢湖クニマス未来館は何を伝えていくのでしょうか?

「私たち人間は、生活の利便性のために少なからず自然環境を破壊してきました。それは田沢湖だけの話ではなく、世界中どこでもやってきたこと。その現実を踏まえた上で、田沢湖にクニマスが棲めるようにするためには何をすべきか。それを考えていただきたい。未来館は、単に田沢湖の歴史を学ぶだけではなく、『未来への責任』を感じてもらう場になれれば、と思っています」

『未来への責任』か…

未来館から湖までわずか15メートル。あと少しなのに、その距離がとても遠く感じます。本当の「クニマスの里帰り」まではまだ少し時がかかりそうです。

 

シニア記者プロフィール

西村 修(にしむら おさむ)

元秋田魁新報記者。秋田ケーブルテレビ記者、ALL-Aアドバイザー

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